第4章
パナマ侵攻に潜むアメリカの野望
1.突然のパナマ侵攻
D・バーン(アメリカ人記者)
「アメリカはノリエガに反感を持つ将校をけしかけて、反乱を起こさせ、それが失敗することを最初から狙っていました。パナマ国防軍内部の反乱分子が、ノリエガを倒すチャンスをつぶし、アメリカ自身がやらなければならないという状況を作りました。これが、ノリエガもろともパナマ国防軍を叩きつぶすアメリカの戦略だったのです」

マヌエル・ノリエガ
12月20日の真夜中、アメリカ軍がパナマに侵攻。アメリカ軍はパナマ国内27カ所を同時に攻撃した。
首都パナマシティでは、パナマ国防軍本部が最大の攻撃目標となり、周辺に住む人々の家も無差別に爆撃された。
アメリカ軍は、国防軍本部に乗り込む前に、その周辺を4時間にわたって包囲し、降伏を呼びかけた。
A・バンクロフト(パナマ難民委員会代表)
「降伏の呼びかけから10分ほど経つと、ヘリコプターの音がして爆撃が始まり、私たちは地面に叩きつけられたんです。
アメリカはレーザー光線も使っていました。アメリカ軍の攻撃が、軍関係の施設だけでないことはすぐにはっきりしました。
爆撃が数時間続いた後、アメリカ兵が言いました。全員手を上げて出てこい。そして彼らは私たちを教会に連れて行ったんです。朝の6時ごろだったでしょうか。突然教会の前の建物が燃え出したんです。その中に全財産を置いてきた人たちは、火を消すために教会から走り出ようとしました。するとアメリカ兵は、空に向けて威嚇射撃をしたんです。みんな教会に走って戻りました」

アメリカ軍はパナマを、新しく開発されたハイテク兵器、ステルス戦闘機(↑)やアパッチ・ヘリ、レーザー誘導ミサイル(↓)などの実験場とした。まだ開発途上の兵器をその威力を試すために使ったのである。
 
C・サイモン(パナマ大学教授)
「われわれは戦闘員たちの証言を手に入れました。レーザー光線にやられて、文字どおり熔けて死んでしまった者がいるそうです。レーザー光線は自動車をまっ二つにすることもできます。こうした恐ろしい威力を持つ兵器が使用され、そのためによりいっそう多くの血が流されることになったのです」
元アメリカ司法長官のR・クラークは、パナマ侵攻に関する調査の指揮にあたってきた。
R・クラーク
「高性能の兵器が単なる実験の目的で使用された可能性は非常に高いと思います」
「使用を避けるべき場面でも、不必要に兵器が使われていました。正当性のない、度を超えた兵器の使用があったのです。そのために、計りしれない犠牲が生まれ、侵攻の傷跡が深くなっていきました」
M・ハーツガード(アメリカ人ジャーナリスト)
「人口が密集している都市部にも砲撃や空襲は行なわれました。市民の中に数しれない死傷者が出たことは疑いようもありません。しかしアメリカは、そんなことにはおかまいなしでした」
2.市民を大量虐殺したアメリカ
爆撃が一段落した後も、アメリカ軍による破壊的な行為は続き、武器を持たない市民がその犠牲となった。目撃者の証言では、多くのパナマ人がアメリカ兵に捕らえられ、処刑されたという。
オリバーディアさんは、多くの犠牲者を出した、チョリージョ地区のコミュニティリーダー。彼はパナマ侵攻の翌朝、強制収容所に連行された。
R・オリバーディア
「近くの高校が収容所代わりに使われていて、そこに連れていかれたんです。収容所にはパナマ軍兵士もたくさん収容されていました。彼らは何が起きているのかわかっていないようでした。手足を縛られて、草の上に座らされていたんです。
私はチョリージョ地区から連れてこられた他の人々と一緒にいて、目の前で処刑が行なわれるのを見ました。入り口の側にいたパナマ兵8人が、アメリカ兵に殺されたんです」

アメリカ軍は新たに就任したパナマ政府のメンバーとともに、鎮圧政策に乗り出した。公共の施設、官庁、大学を支配下に置き、反アメリカ的な立場をとる団体のオフィスを破壊し、何千人もの人々を逮捕したのである。
L・バーンズ(中南米評議会)
「副大統領カルデロン、大統領エンダラ、そして司法長官クルツ。彼らは政敵の名前を書き連ねてアメリカ軍に渡しました。自分たちにとって都合の悪い相手を片っ端からブラックリストに挙げたのです。アメリカ軍はこのリストにあった人々の家に乗り込み、彼らを収容所に連行しました。エンダラたちがリストに挙げたという、それだけの理由で拘束されたのです。法的な正当性はどこにもありませんでした」
V・バン・イスラー(ジャーナリスト)
「逮捕の危険を感じた政治家たちは身を隠さなければなりませんでした。元官僚や外交官、大学教授といった人々が逮捕され、次々に難民キャンプに送り込まれていきました。投獄された人もいます」
パナマでいったい何人の市民が死亡したのか、そして、彼らの身元は。この問いに答えが出ることはないだろう。犠牲者の亡骸がどこにあるのか、アメリカ軍はその真実を隠し通そうとしている。
市民
「子どもたちも、妊娠中の女性も、若者も老人も兵士も死んでいきました。政治にもパナマ侵攻にもノリエガ政権にも関係のない人々が犠牲になって死んでいったのです」
R・クラーク
「アメリカ軍による侵攻の犠牲となったパナマ人の数は、調査にあたった組織によってまちまちです。国連人権委員会は死者2500人と見積もっていますし、二つの異なる人権擁護機関が独自に行った調査では2500から3500となっています。また、パナマの民間団体が出した数字はおよそ4000。いずれにせよ、たいへんな犠牲者の数です」
パナマ侵攻の際、アメリカ軍は、数知れぬパナマ人の死体をまとめて穴に埋めていた。

J・モリン(パナマ人権擁護センター)
「死体が大量に投げ込まれた穴は、共同墓地と呼ばれています。現在確認されている共同墓地は15あります。パナマの人々を殺してこれらの共同墓地に埋めた責任は、紛れもなくアメリカ軍にあります。共同墓地はパナマのいたる所で発見されており、アメリカ軍の基地内にも存在していると見られています」
パナマ侵攻は、アメリカ国内では支持を得た。しかし、国際社会では圧倒的な非難の声を浴びることになった。
J・モリン
「国際法の条項のどこを調べても、パナマ侵攻は違法です。パナマ侵攻は国連憲章にも、米州機構の憲章にも違反しています。どちらの憲章も主権国家に対する侵害や他国の領土への侵攻をはっきりと禁じています。こうした禁止条項は国際法のもとでは極めて明確です。パナマ市民を無差別に攻撃したアメリカの行為は人権擁護をうたったジュネーブ会議の決議にも反するものです」
E・キャロル(海軍准将 米国情報センター)
「ブッシュ大統領はパナマの民主主義を守るために侵攻しなければならなかったと言いました。一体どうやって、存在したことのないものを守ろうというのでしょう。1903年に独立国家となった時から、パナマに民主主義などありませんでした。
アメリカは再びパナマを支配するために侵攻したのです」
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