第4章
パナマ侵攻に潜むアメリカの野望
3.アメリカは情報操作していた
パナマ侵攻の際、国防総省は、アメリカの主だったニュースメディアから16人の報道陣をアメリカからパナマに送った。しかし、この4人は侵攻開始から4時間が過ぎるまでパナマに入ることができなかった。
しかも、彼らはパナマに入ってからも36時間の間、アメリカ軍の基地から出ることを許されなかったのである。
E・キャロル(海軍准将米国防情報センター)
「報道陣はパナマに入ったその日からアメリカ政府に都合よく利用されたんです。彼らはアメリカ政府、アメリカ軍が見せたいと思う場所にだけ連れていかれました。侵攻によってパナマが負った傷跡は隠され、報道されなかったのです」
独自の取材を試みたジャーナリストたちは、アメリカ兵に阻止され、攻撃のあった地域に入ることができなかった。
アメリカ軍はまた、パナマの報道機関を麻痺させた。ラジオ局を破壊し、テレビ局を占拠して軍の暗号送信に使ったのである。多くのジャーナリストが逮捕され、パナマを代表する日刊紙、『ラ・レプブリカ』の社屋も襲撃と略奪にあい、新聞は休刊に追い込まれることになった。アメリカ軍はパナマにおけるニュースメディアを極めて効果的に支配した。そのため、侵攻直後の3日間の様子を伝える映像は、ほとんど残されていない。
P・スコット(カリフォルニア大学教授)
「ベトナム戦争の時代にはなかった、新たな報道規制が行なわれたのです。だから合衆国の市民はすべてが終わるまで、パナマで起きた真実を知りませんでした。ゴルバチョフが、それまで旧ソ連で行なわれていた厳しい報道規制を取り払おうとしていたその同じ時期に、アメリカ合衆国で全く逆の現象が起きていたとは、なんとも皮肉なことです」
白人女性 「独裁にうんざりしてたの」
インタビュアー「侵攻については?」
白人女性 「侵攻じゃないわ。アメリカは助けてくれたの。合衆国に感謝してるわ」
M・バレンティ(カリフォルニア州立大学教授)
「アメリカの侵攻をどう思うか、パナマ人にインタビューするとき、彼ら(アメリカのメディア)は決まって英語が話せる白人にマイクを向けました。爆撃の犠牲になった貧しい人々のところに行くことはなかったのです。爆撃にあって家族も家も失った人々に話しかけたメディアが一つでもあったでしょうか。アメリカのマスコミはパナマ侵攻の戦術的な側面にしか焦点をあてていませんでした」
「今日の戦闘では米兵15人が死亡」
「死亡したアメリカ人は現在15名。負傷者は100名以上」
「さらにアメリカ市民1人が死亡」
「アメリカ女性が流れ弾の犠牲となり、アメリカ市民の死者は20名に」

「今夜は侵攻についての大統領のコメントでお別れです」
ブッシュ前大統領「全ての人の命は貴いものですが、パナマ侵攻は高い代償を払うに値する作戦でした」

侵攻の前にも後にもアメリカ政府と主だったメディアは首尾一貫してマヌエル・ノリエガを憎むべき極悪非道の敵とし続けた。
L・バーンズ
「ノリエガ将軍のイメージは、伝説的な悪人になっていきました。悪の化身として、イメージが作り上げられていったのです。ノリエガが捕まったとき、彼の執務室から赤いパジャマや呪いをかける道具、ノリエガ自身が常用していたコカイン、それに、わいせつな写真といったものが発見されたと伝えられました。これは非常に面白いことです。
チリでアジェンデ大統領が失脚したときにも、大統領執務室の机から赤いパジャマとわいせつな写真とコカインが見つかったと報道されたのです。パナマの将軍とチリの大統領にその手の同じ趣味があったというのはいかにも出来すぎた話です」
J・マルチネス(パナマ大学教授)
「ノリエガに対する反感を煽るように仕向けた報道は、パナマ侵攻の口実づくりに一役買いました。ノリエガをやっつけるために侵攻したというわけです。でもアメリカ人はこれを真に受けるほど愚かなのでしょうか。
例えば、アメリカ軍はいったんはノリエガを追いつめ、捕まえるチャンスを手にしながら、肝心な局面で彼に逃げ道を与えてしまいました。しかし、これもアメリカの計略に入っていたんです。彼らが本当に狙っていたのはパナマ軍を叩きつぶすことでした※。ノリエガはその後で捕まえればよかったわけです」

| ※アメリカ政府は当初、パナマ侵攻の理由の中で、パナマ国防軍をつぶすことには触れていなかった。しかし、後に、国防軍の排除こそが重要な目的であったと認めることになる。
M・サーマン(アメリカ南方軍司令官)
「ノリエガ政権の中枢すべてを排除する必要がありました。ノリエガと彼の支持者を倒し、パナマ国防軍を完全に叩きつぶすのがねらいでした」
B・ペリナン(パナマ国会議員)
「アメリカ軍が本当に望んでいたのは、西暦2000年以降もパナマに駐留し続けることでした。パナマ国防軍を無力にし、パナマ政府にいいなりになるよう強要し、パナマを中南米における合衆国のコントロールセンターにする、そのためにアメリカ軍はパナマに侵攻したのです」
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4.アメリカは麻薬が欲しかった
ブッシュ政権はまた、ノリエガを政権の座から追い、アメリカに流れ込む麻薬をシャットアウトするためパナマに侵攻したのだと主張した。
しかし、アメリカ会計検査院の報告書によると、現在のパナマ政権の主要メンバーが、麻薬取引に関係している証拠が数多くあり、麻薬の取引量も、侵攻時の2倍に増えていると指摘している。
いつでも「正義」をふりかざすアメリカ軍が麻薬組織を壊滅できない理由は何か。それは、はじめから麻薬組織を壊滅する気がないのである。なぜならば、麻薬こそが「彼ら」にとって重要な資金源だったからである。
ノリエガは、以前、アメリカ権力機構の寵児であった。彼は頻繁にペンタゴン、つまりアメリカ国防総省を訪れ、その度にアラブの王族のような待遇を受けていた。彼はブッシュ前大統領とさえ、少なくとも二度面談している。また、バージニア州ラングレーにあるCIA本部を訪れたこともある。
そんなノリエガがアメリカに刃向かうようになった。そこで慌てたのがパナマに手を伸ばしていた銀行家たちであった。ノリエガがアメリカの手を離れると、彼らの陰のビジネスである麻薬取引が制約を受けるからである。
麻薬取締局(DEA)の元取締官はこう述べている。
「マヌエル・ノリエガを(アメリカが)誘拐したおかげで、パナマ経由のコカインとカネの流れがもっと簡単になるだろう。あんなにたくさんの銀行があそこにはあるからね」
彼らの麻薬取引の歴史は古い。
その例を、清とイギリスの間に行なわれたアヘン戦争にみることができる。当時のイギリス統治下のインドの歳入の13%は、良質のベンガル産アヘンを、中国のイギリス人麻薬供給業者に売って得たものであった。
七つの海を支配した大英帝国は、アヘン貿易の利益の上に成り立っていたのである。
アジアを中心としたアヘン貿易で利益を上げたのは、アメリカの富豪たちも同様である。例えば、真珠湾攻撃を演出したフランクリン・ルーズベルト大統領の夫人の出身であるデラノ家もその一つである。また、ニューヨークのマンハッタン島の不動産を買い占めたアスター家も同様である。
このように、国家ぐるみで麻薬で暴利をむさぼる政策は現在にも受け継がれており、アメリカ軍がパナマに侵攻し、その結果、パナマの麻薬取引が2倍に増えたこともその一例にすぎない。
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