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![]() 魔笛 〜世界を操る影の存在〜 〈続・戦いか破滅か〉 |
目 次 序 章 ビートルズ |
第三章 闇の包囲網(政治、マスコミ、教育)
2.『プロトコール』 彼らの世界支配の基本的戦略は、20世紀初頭にセルゲイ・ニールスによって暴露された、『プロトコール(シオン賢者の議定書)』に見ることができる。この『プロトコール』は偽書という説がつきまとっていた。しかし、その「プロトコールは偽書である」という説こそが、「彼ら」の情報操作であることが明らかとなる。 この『議定書』は、1905年に、ロシアのセルゲイ・ニールスが著した『卑賎で強大なもの――反キリストとサタンの地上王国が近づいた』という著書の付録だった。 ニールス自身は、スタボロポリ州副知事のアレクシス・ニコライビッチ・ズホーティンから写しをもらったものだと主張している。一方では、ニコライ2世が1897年にスイスのバーゼルで開かれた「第1回国際シオニスト会議」にスパイを送り、そのスパイが出席者を買収して手に入れたという説もある。 この本の内容は、世の中のあらゆる事件、あらゆる陰謀に、「彼ら」が絡んでいるというものであった。 「彼ら」は『プロトコール』を偽書であると宣伝するだけでなく、本の買い占めや、貨車に積み込まれた本を貨車ごと焼き払うなど妨害工作を行った。さらに、ケレンスキーが首相になったときには、モスクワやペテルスブルグの書店にあったニールスの本がすべて没収され、紛失されるという事件も起きている。なお、後にこのケレンスキーがフリーメーソンのメンバーであったことが判明した。 1921年には、元ロシア公妃カテリーナ・ラッジウィルと名乗る女性が、『アメリカン・ヘブリュー』誌上で「この『プロトコール』は帝政ロシアの秘密警察長官、ラチコフスキーが創作した真っ赤なウソ」と述べた。 ところがしばらくして、このラッジウィルという女性が、元公妃でも何でもなく、為替偽造や公文書偽造の前科を持つ人物で、しかもこの証言は「彼ら」の組織の一つである「ブナイ・ブリス」から金をもらって偽証していたことが判明した。 やはり、『プロトコール』は、「彼ら」の計画書だったのかとだれもが思い始めた矢先の1921年8月、今度は、『ロンドン・タイムズ』誌にF・グレービスの記事が連載された。その記事によれば、『プロトコール』は1854年にモーリス・ジョリーが著した「マキャベリーとモンテスキューの地獄対話」を原典とする、盗作にすぎないというものであった。「とんでも本学会」による批判も、この記事を唯一の典拠としている。 しかし、後にモーリス・ジョリー自身がフリーメーソンの上級結社員であり、しかも1860年に結成された「イスラエル世界同盟」の創設者、クレミューの右腕で、1871年のパリ・コミューンにも加わったという「彼ら」の中でも超大物だったのである。 このように、「彼ら」は自分たちの戦略を隠すため、『プロトコール』を偽書であると喧伝し、焼き払うなどしたが、それらの企ては失敗し、隠し通すことはできなかった。 「彼ら」の、「自分たちを『真の人間』、それ以外の異教徒を『獣』」とみなす価値観が『プロトコール』全編にわたって貫かれている。そんな「彼ら」は、「彼ら」にとっての異教徒の特徴を「計算高いこと」、「物質的欲求を充たす為貪慾飽なきこと」と分析している。それゆえ、「万事は財力と頭数」で動かせると考えている。つまり、物質主義的思考を持つ人は、絶えず「彼ら」のコントロール下にあるのである。 例えば、カネに執着するがゆえに、「彼ら」が演出する経済恐慌に巻き込まれた国家は、自らの根底にある物質主義を省みることなく、短期的な解決法を求め、国債を乱発することになる。 今、日本は174兆円にも及ぶ莫大な赤字国債を抱え、崩壊寸前である。 「彼ら」は100年も前にこう述べている。 「異教徒に害を与えるために、我々は経済恐慌を引き起こした。そのためには、ただ手の届く限りの、金の全部を引き込めるだけで充分であった。もしも日本人の多くが『プロトコール』を読んで対策を講じていれば、「彼ら」の計略にはまることはなかったはずである。 しかし、「彼ら」は日本の教育とマスコミとを徹底的にコントロールすることで、『プロトコール』の存在に気づかせないようにした。 「彼ら」は『プロトコール』で「愚かな民衆が、浅薄に政治問題を研究するから、空想家や不逞の人民が生まれるのである」と述べ、教育をコントロールすることで、揺るぎない支配体制を作り上げようとしている。
「影の政府」による日本の教育改造は、太平洋戦争後、GHQ、連合国軍総司令部を中心に行われた。 GHQの民間情報局教育課の使命は、日本人の思想、生活、および行動の形態を変えていくように、日本の教育制度を利用することであった。そのために、必要な教育改革を教育課が起案し、マッカーサーの承認を得た後、文部省を監督しつつ、教育制度に適用して、教育改革を達成させるという方法がとられた。戦後、日本人の教育は、アメリカ礼賛という形で行なわれ、また、長い歴史で培われた日本社会、日本文化の良ささえも否定するような思想を植えつけられたのである。 戦後日本の学校教育は、知識詰め込み型の教育であり、日本人から、思考力、思索力を奪ってきた。そこでは、膨大な知識を詰め込まれ、ただ、与えられたことを要領よくこなす、ということに重点が置かれた。 この、点数重点主義、偏差値重点主義は、一部のエリート選別を行ない、その他の大部分は、落ちこぼれというレッテルを貼られ、単純な肉体労働の供給源として、教育され、無知化、動物化されてきた。また、一部のエリートにしても、自ら思索するのではなく、上の者から言われたことを能率的にこなす能力を身につけるだけであった。その結果、日本人は自由な発想を奪われ、画一化され、個性を奪われてきた。あるいは、思考力を奪われ、無知化し、情報に流されるようになった。そして、これこそ、彼らが国民を支配する上で、好都合なものであった。 ![]() マスコミが極度に発達した現代社会においては、テレビの果たす役割が非常に大きく、容易に世論を形成、思想を統一することができ、その公平性、中立性が要求される。 しかし、マスコミも一つの企業であり、その財政基盤であるスポンサーとしての大企業、あるいは国家権力などの影響下に置かれている。 大企業や、国家を操る「影の政府」は、単に為政者側の情報をコントロールするのではなく、反体制側のメディアすら演出するのである。同時に、無関心層をひきこむために中道的なメディアも送り出す。これにより、ほとんどの民衆を「彼ら」の情報の流れに組み入れることが可能となる。 『プロトコール』ではこう述べられている。 「第一には、政府系の新聞雑誌を据える。その任務は、我々の利益を随時随所に代表することにある。第二には、半官的な新聞雑誌を据える。その使命は我々に対して、無関心な人々を我々の味方に引き入れることにある。第三に、我々が据えるのは、表面上の反対党新聞であって、それは少なくとも、我々と対照関係にある機関新聞を持っていなくてはならない。すると、我々の本当の敵は、この策謀の反対を真実と思いこみ、反対を唱える連中を同志と見て、自分たちの秘密を彼らに提示するからである」つまり、わたしたちが日頃接する体制派新聞も、中道的な新聞も、反体制的な新聞も、全て「彼ら」が演出したものである。 また、「彼ら」の3S政策も、日本において多大な成果を上げている。3Sとは、大衆を愚民化し、烏合の衆たらしめる三つのS、スポーツ、スクリーン、セックスのことである。
現代において、3Sのうちのスクリーンは、TVスクリーン、すなわちテレビを指している。 現在のテレビ放送は、国民を無思考へと導く、暴力、スポーツ、グルメ、セックス、レジャー、お笑いといった享楽的情報以外、流さなくなってきた。軽薄短小なアメリカ文化が移入されたのである。 これにより国民は、このような情報に流され、無知化し、彼らによってコントロールされているのである。
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