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世界の民が同じ言語を話し、理解する。まあ、昔は理解をしていた。そしてバベルの塔を建設し、神に挑戦しようとした。そして、そのバベルの塔がかなり高い域に至ろうとした。そこで結局そのバベルの塔を崩壊させるために、神は言語をいろいろつくり、そしてそれによって分散――人間の魂の理解力を分散させるために、いろいろな言語をつくったといわれている。
ではなぜ、人間が同じ言語を話してはいけないのかという問題がある。
これは、同じ言語を話すことにより、共通の理解を行なうわけだが、その理解はあくまでも煩悩的な理解にすぎず、というのはエゴというものを本質的に個々は有しているから、そのエゴにおいては自分の利益、あるいは自分の家族の利益、自分の社会の利益、自分の国家の利益――ここから逸脱することはない。
したがって、ただ単に煩悩だけのために言語が発達し、そして共通の言語が登場する。
共通の言語が登場することにより、その煩悩はいよいよ増大され――というのは、この人間の世界に輪廻転生している魂のほとんどは悪趣からの転生であり、天からの転生は少ないからである。それにより、この人間界はいよいよ動物化、低級霊域化するからである。
したがって、それを神は分けたもうたということになっている。
