
今、ダイアナといえば、ポール・アンカのヒットソング「ダイアナ」ではなく、元イギリス皇太子妃(プリンセス・オヴ・ウェールズ)のダイアナ・フランシス・スペンサーのことであろう。
1997年8月31日未明、パリのセーヌ河畔のトンネル内でプリンセス・ダイアナが亡くなった事故は、果たして単純な交通事故だったのか、それとも彼女は殺されたのか。
この事件は現在も謎に包まれたままである。マス・メディアによって提供される情報は、何であれ疑ってかかる必要がある。そこで、一応の事実を振り返っておこう。
8月30日土曜日の午後8:30頃、つまり事故の4時間前、ダイアナとその恋人、ドディ・アルファイドはシャンゼリゼで買物を行った。その後、彼らはリッツ・ホテルで食事を取った。
その日、彼らはメディアのたかり屋(パパラッチ)については、それほど気にかけてはいないようであった。なぜなら、彼ら二人は日中ずっと外出していて、車内にいたからである。彼らが食事をすませた頃、その日二人が乗っていたランドローバーがホテルを後にした。ハンドルを握っていたのはアルファイドの直属運転手であった。これは明らかに、ホテル正面に陣取っていた30名ものパパラッチ集団を引き付けるおとり作戦であった。その間にダイアナとアルファイドはホテルの裏口からホテル専用車で出発したのである。しかし、なぜこのような方法が取られたのだろうか?
このおとり作戦は失敗したが、それは驚くべきことでもなかった。事故の後、警察から取り調べを受けた数名のパパラッチは、ダイアナの所在・移動ルートなどについて逐一知らされていたことを証言している。それは「秘密警察」からの情報であり、イギリスの「大衆紙」もまたダイアナ妃の日程についての詳細を彼らに流していたのである。
8月31日の真夜中を少し過ぎた時刻、ダイアナと彼女の恋人ドディ・アルファイドは、メルセデス・ベンツ280−Sでパリ・ヴェンドームにあるリッツ・ホテルを後にした。運転手アンリ・ポールはリッツ・ホテルの警備部長であった(リッツ・ホテルはドディ・アルファイドの父親が所有するホテルである)。ポールは高い訓練を受けた運転手で、フランス空軍に勤務したこともある熟練したパイロットであった。4人目の乗客はアルファイド家のボディガード、トレバー・リース・ジョーンズであった。
リッツ・ホテルを出た後、メルセデスはいくつかの交差点を曲がり、コンコルド広場の交差点を曲がって、約2200メートルの直線道路に出た。この道路はアルマ広場のトンネルに続いており、このトンネル内で事故が起きたのである。
トンネルの入口で、道路はやや左にカーブし、約4メートル下方に傾斜していた。メディアの報道では、車はメルセデス600型となっているが、実際はメルセデス280−S型で200馬力であった。つまり600型と比較すれば、それほどスピードの出せる車ではなかったのである。
多くのメディアで伝えられているような高速を出すためには、ポールは直進道路でずっと加速し続け、左カーブ・下方傾斜の地点に到達したことになる。しかし、メルセデスを追いかけていたほとんどのオートバイやスクーターは、このような高速にはついていくことができなかったはずである。
なおかつ、もしこのような高速を出していたのなら、どんなに熟練した運転手でもトンネル内の緩いカーブと下方傾斜は危険なのである。もし高速走行が真実であるならば、なぜそのような走り方をしなければならなかったのだろうか?
この数分間に実際に何が起こったのかは、未解決の謎の一つである。何名かの目撃者は、左カーブに入る少し手前でメルセデスの前にオートバイが割り込むのを目撃している。事故の数秒前に銃声に似た音を聞いたという証言もある。また事故の直前に目もくらむような光がフラッシュしたのを見たという証言もある。パパラッチが原因という説には、何ら根拠がない。
午前12時35分頃、メルセデスはセーヌ川沿いのアルマ広場の下を通るトンネルの13番目の支柱に激突した。運転手とドディ・アルファイドは即死し、ダイアナとリース・ジョーンズは共に重症を負った。救出努力が行われ、彼らは大破した車から引き出され、ピティエ・サルペトリエール病院へ運ばれた。
午前4時頃、医師団はダイアナが亡くなったことを告げた。しかし、現在もリース・ジョーンズは生存している。
都合のいいことに、公衆の目から隠されたトンネル内で起こる。
車が衝突したという柱に、何か重大な損害があるのを見た人はいるだろうか?
車はすさまじい損害を受けているが、交通量の激しいトンネルで他の車には当たっていないのか?
都合のいいことに、実際の目撃者はおらず、すべての写真は没収される。
車を追いかけていたとされるカメラマンはいるが、決定的写真はまったく報道されていないことは興味深い。実際、パリ警察は、この証拠を没収した。世の中では、最初に市場に現われたときが一番価値があり、その写真の値打ちはだんだん下がっていく。この時間稼ぎは、ダイアナを追跡していたカメラマンが本当にカメラマンだったのかという疑惑を招くものである。
都合のいいことに、だれもが好きになり得ないパパラッチに死の責任を負わせている。
ホテルを離れる車のビデオでは、パパラッチに追われた車がきしる音を鳴らしているわけではなく、車はゆっくりと引き離しているのだ。
都合のいいことに、乗員全員が致命的なダメージを受け、口封じされている。護衛はおそらく生きているが、公的証言をなすことができなくなっている。
ダイアナの恋人ドディ・アルファイドは体が冷たくならないうちに埋葬されている。しかし、ダイアナと運転手の埋葬には日数がかかっているのだ。
酔っぱらった運転手というものは、時速120マイル(192km/h)ものスピードをだすのではなく、ゆっくり、慎重に運転するものだ。事故の前、ホテル・ロビーで撮られた運転手のビデオでは、0.175血中アルコール濃度の酔っぱらいに気づく者がだれもいない。
さらに都合のいいことに、運転手は正常なのに、直前数分の間にフランス人運転手と交代させられている。衝突時とダイアナの病院到着に重大な時間の遅れがあったことも明らかになっている。
運転手アンリ・ポールが事故当時、酔っていたという話は、彼の家族やその晩早くに彼に会った人々によって否定されている。公表されたアルコール濃度はかなり高い0.175。酔いの6段階の第4段階に当たる。
| 1段階 爽快期
2段階 ほろ酔い初期 3段階 ほろ酔い極期 4段階 酩酊期 5段階 泥酔期 6段階 昏睡期 |
4段階 酩酊期
血中濃度(%) 0.16〜0.30 酒量 日本酒(5合) ビール(5〜7本) ウイスキー(ダブル5杯) 酔いの状態 千鳥足 何度も同じことを言う 呼吸が速い 嘔気・嘔吐 |
「何かいつもと違うことがあったに違いありません」
酒に加えて抗うつ剤も服用していたというが、そんな自殺行為がありえるものだろうか。
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