
アルマ広場トンネルでの衝突から半年経ち、リース・ジョーンズはいくつかの記憶を思い出している。それは行方不明のフィアット・ウノ、そして他の車と高速で衝突するに至る経過、その直後の経過に関する記憶である。
3月2日のインタビューは、モハメド・アルファイドがロンドンに所有しているオフィスで行われた。
リース・ジョーンズはこのインタビューで幾つかの重要な事実を述べ、この「事故」は計画された自動車殺人事件であるとの主張が再び裏付けられた。彼が「ザ・ミラー」紙のパース・モーガンに語った証言は、次のような内容である。
| ダイアナ元妃、ドディ・アルファイドを乗せたメルセデスS−280は、二台の車と、少なくとも一台のオートバイに追われていた。それは彼らが8月31日の真夜中過ぎにリッツ・ホテルの裏口を離れた時からであった。
車の一台は白でハッチ付きのスリー・ドアだった。 |
| セーヌ川沿いの道路で、何台もの車に追いかけられた。 |
| 衝突後、ダイアナ妃は生きていて、半ば意識がある状態でした。車の後部座席から途切れ途切れに呼ぶ女性の声を、私は聞きました。最初、それは呻いているようで、次にドディの名を呼んでいました。ダイアナ妃に違いありません。私は意識があり、彼女もそうでした。 |
ダイアナ妃の内出血は外科手術によって修復できるものだった。しかし、フランス救急隊員は彼女に緊急外科手術を施さなかった。それどころか、ダイアナ妃を乗せた救急車は、ラ・ピティエ・サルペトリエール病院の緊急口から500ヤードの場所で10分も停車していたのである。彼女は手術室に運び込まれる前に、内出血で死亡してしまっていた。
リース・ジョーンズのインタビューが世界を駆け巡った3月2日、モハメド・アルファイドとジョン・マクナマラ(ハロッズ・デパートの警備部長)は、イギリス警察に逮捕された。これは、タイニー・ローランドによって出された、明らかに虚偽の訴状によってであった。
ローランドは、イギリスがアフリカに展開していた資源カルテル、ロンロー社の元・社長で、アルファイドとは長年争ってきた人物である。その彼がイギリス王室に動かされて、パリでの衝突以来、アルファイド家を攻撃している。それはアルファイド家を沈黙させ、ダイアナ王妃とドディの殺人を確実に隠蔽する目的のためである。
(←アルファイドが告発されたという記事。右下の人物がローランドである)
メディア王ルパート・マードックが所有する「ニューヨーク・ポスト」紙は、アルファイドとマクナマラの逮捕(彼らは訊問を受け、釈放された)の裏にある真の理由について推測している。同紙のニール・トラビスは3月4日のコラムで次のように書いた。
| 今回の逮捕はドディの父に対する攻撃の始まりである。イギリス警察がダイアナ王妃が死亡してから半年経って、ドディの父モハメド・アルファイドを逮捕したのは偶然ではない。彼らは時間を稼いだ。それから、このエジプト生まれのハロッズ・デパート所有者をイギリスから追い出そうと、嫌がらせキャンペーンを集中的に始めたのである。イギリス王室はアルファイドを迷惑に感じている。王室はアルファイドにイギリスから出ていってもらいたいと考えているのである。 |
| ←前のページ | △ダイアナ目次△ | 次のページ→ |
| ←←前のレポート | ▲アレフレポート表紙▲ | 次のレポート→→ |