アレフ・レポートNo.4
ダイアナ暗殺事件の謎を解く
Oh please stay by us, Diana!

第6部 運転手はやはり酔っぱらっていなかった


1 酒と薬

 ダイアナ元皇太子妃殺人事件は8月31日、日曜日の真夜中過ぎに起こった。これが「単なる事故」であるかのような報道・発表はすべて覆されつつある

 事故直後に流れたのは、「オートバイに乗ったパパラッチの執拗な追跡が事故の原因だった」という情報だった。

 ところが、途中でメディアは突然論調を変えた。事故原因は、おそらく運転手アンリ・ポールの飲酒運転が原因だったとのニュースを伝え始めたのである。現在も、多くの人はこの偽情報に踊らされているのではなかろうか。

 事故から数日後、フランス当局は、運転手アンリ・ポールの血液中アルコール濃度が法的規制の三倍に達していたと発表した。この最初の曖昧な発表から数日経って、フランス当局は血液濃度を確認する検査をさらに二度行った。その結果、やはりアルコール検出が伝えられた。それどころか、フランス当局の三度目の検査で、ポールは事故直前、二つの強力な錠剤を服用していて、その薬がポールの血液中から検出されたと報道されている。

 しかし、これはすべて嘘であった。


2 運転手は酒も薬も飲んでいなかった

 アンリ・ポールは熟練したフランス空軍パイロットで、プロの運転手でもあった。信頼できる目撃者その他の証拠がある。

 ポールがメルセデス280-Sでリッツ・ホテルを出発し、セーヌ川のトンネルに入っていく前の二時間以上もの間、彼がリッツ・ホテルで「全くのしらふ」で人々と話していたことが判明しているのだ。

 フランス政府の主張、つまりポールが事故当時、酔っていたという主張は、すでに、出発前二時間に撮られたビデオテープ、目撃者証言、その他の証拠から完全に覆されているのである。

 この証拠からは、むしろ、事故前・事故当時・事故後におけるフランス政府の行動に疑問が出てくる。

●ポールはしらふだった

 故ドディ・アルファイドの父であり、リッツ・ホテル(事故直前に二人が夕食を取り、メルセデスで出発したホテル)の所有者モハメド・アルファイドは、警察にビデオテープを提出した。これはホテル内部の安全カメラによって撮られたビデオで、ここにはポールが真夜中に出発する二時間前にホテルに到着した場面が映し出されている。

 彼はしらふであった。このことを示すテープの一部は、アルファイド家によってメディアに流された。このビデオには、ホテルにいた二時間、普通の表情をしていたポールの姿が映っている。彼はホテルでアルコールなど飲んではおらず、ずっとイギリス・フランスのプロ・ボディガードたちと話していた。そして一緒にいた人々は全員、ポールが酔ってなどいなかったことを証言している。

 フランス当局はまた、8月30日、ポールがリッツ・ホテルに呼び戻されるまでの数時間、彼が酒を飲んですらいなかったことも知っている。ポールは従業員・客とともに顔なじみの近くのレストランにいたのであり、そこで飲んだのはコーラだった。

 フランス当局が発表した血液検査が正しいならば、ポールはホテルに帰る前、ワインをボトル二本以上、あるいは強いアルコールをグラスで十杯以上飲んでいたことになる

 彼がホテルに呼び戻されたのは、身辺警護に関して問題が生じていたためであり、その問題はダイアナ妃とドディ・アルファイドがパリを一日訪問していたその日中、既に生じていた問題であった。

 もし、ポールがダイアナ妃、ドディ・アルファイド、そしアルファイドのボディガード、トレバー・リース・ジョーンズを乗せる前に飲んでいたなら、ポールの血液中アルコールの半分は消えていたことになる。長年のアル中患者ですら(ポールはそうではなかったが)、リッツ・ホテルに戻って二時間、プロ・ボディガードに囲まれて自分の酔いを隠すことなど困難なことだっただろう。

●ポールはアル中患者ではなかった

 ポールは高名な人物である。彼は、フランス当局がいうような「薬に頼らなければならない憂鬱なアルコール中毒患者」などではない。ポールはリッツ・ホテルの警備部長であり、フランス上級警察やフランス諜報機関にも知られていた。その知人たちは、ポールが真面目な人柄で、決してアルコールを飲みすぎたりしない人物であることを証言している。

 ポールはフランス空軍のベテラン・パイロットで、事故数週間前に彼は悪天候の中で飛行機を操縦した。それは、アルコール中毒患者なら決して生きて帰れないような悪天候だったのである。

●薬は処方されなかった

 また、彼の主治医は報道機関に対し、フランス警察の調査官が全く連絡を取ってこなかったと述べた。彼女は「三度目の検査で彼の血液中から検出されたと言われている薬など、処方した覚えはない」と語っている。

 また、ポールの定期検診を担当していた医師も、当局と報道機関に対して「そのような薬は処方しなかった」と述べた。

 フランス当局自身、二つの薬がポールに処方された証拠をつきとめたわけではないと認めている。


3 事故現場の疑惑

 セーヌ川沿いのトンネル内部で起きた事件は、謎と矛盾で満ちている。フランス当局は当初から、メルセデス社が現場検証に立ち会うことを拒否した。事故から24時間以内に、メルセデス・ベンツの担当者がフランス警察と連絡を取り、現場検証を助けるために機械の専門家チームと分析家との派遣を申し出た。ところが、この申し出はフランス当局から何の説明もなく拒絶されている。

 ところで、リッツ・ホテル関係者の証言から、ダイアナ妃を乗せたメルセデス280-Sは約2万2000ドルの車検を終えたばかりだったことが判明した。8月30日、ダイアナ妃とドディ・アルファイドがホテルのプライベート・ルームで夕食を取っていた間、このメルセデスは一時間以上も監視なしに放っておかれたのである。この日、空港からパリ市内へのドライブの間、報告されているだけで少なくとも一度、ダイアナ妃・アルファイドに対し乗物を使っての攻撃が行われていたにもかかわらずである。

 なぜフランス当局は車がいじられた可能性を断固として否定するのだろうか? なぜフランス当局はメルセデス・ベンツからの現場検証支援の申し出を拒絶したのだろうか?

 事故から一週間のうちに、何人かの事故目撃者が現れ、事故前の最後の数秒についての証言を行った。それによれば、乗物による殺人事件、それもかなりのプロの犯人による殺人事件の可能性が浮かび上がってくる。

 第五部で紹介したように、9月7日の「ジョーナル・ド・ディマンシュ」紙は、メルセデスがトンネルに入った時、二台目の車がメルセデスの前に割り込み、事故数秒前、急ブレーキをかけたという証言がある。また、事故直前にその車から発されたレーザー光線と思われる光の写真も存在しているのである。

 それでもフランス当局は、この「事故」が全くポールの飲酒によって起きたという話にこだわり続けているのはなぜなのか。

 隠蔽工作は暴かれつつある。フランスの「テレビ2」は、9月15日、「フランス警察がメルセデスの車体右側に、他車のペンキが付着したへこみを発見した」と報じた。そして事故現場から他車のライト枠も発見された。

 トンネルに入る前、メルセデスの前に割り込んでメルセデスを左車線に追いやった二台目の車について、他の目撃者からより詳しい証言も出てきた。

 パリ警察の調査官も9月17日、青のフィアット・ウノを探していることを認めた。この車は事故現場から立ち去った車であり、事故現場から見つかったライト枠もこの車からのものであった。「犯人」は、この謎の車に乗っていたはずなのである。

 やはり、ダイアナとドディは殺されたのである。


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