
そして、ダイアナ妃もまたこの事故で生き残っていた。
ダイアナはひどい傷を受けており、内出血を起こしていたが、事故現場に最初に駆けつけた医師は「適切な救急医療が行われるなら助かるだろう」と考えていた。
この医師はフレデリック・マイレ医師。経験を積んだ救急医療のプロで、フランス政府救急医療サービス(SAMU)に勤務したこともあるベテランである。彼はその後、「SOS医療」と呼ばれる民間医療センターに移っている。彼は後にフランスの医学雑誌でこう述べている。
「私は彼女の生命を救うことができると思った」
この日、マイレ医師はたまたまアルマ広場を通りかかり、事故数分後には現場に駆けつけていた。9月29日の「スコッツマン」紙の記事によれば、マイレ医師はダイアナ妃の状態が絶望的とは考えなかった。
マイレ医師はメルセデスの後部座席にダイアナ妃が横たわっているのを発見した。フランス当局のリーク情報と違い、彼女は後部座席に押し込められた状態ではなかった。メルセデスの後部座席は、事故によってもそれほど損害を受けておらず、ダイアナ妃に接近することは容易だったのである。
マイレ医師はダイアナ妃の頭を動かして、呼吸できるようにした。そして、事故の詳細を報告するために、自動車電話で救急電話を呼び出したところ、
「救急車はもう出発した」
との返事。その後、人工呼吸を行い、ダイアナ妃が窒息死したり、舌を呑み込んだりしないように取り計らった。
SAMUが到着した時、マイレ医師は、ダイアナ妃がすぐに近くの病院に運ばれると確信してその場を去ったのである。このとき、マイレ医師は、内出血があるだろうと診断していた。
「彼女は汗をかいていて血圧は下がっていました。内出血の兆候が表われていました」
同紙がインタビューした救急隊員の一人は証言する。
「救急車は事故の約15−16分後に現場に到着していた」
救急車到着時、ダイアナ妃はメルセデスの後部座席に寝そべる形で横たわり、彼女の身体の大部分は車外に出ていた。彼女はほとんどすぐに車外に運び出された。
それだけでなく、ある目撃者は、パパラッチの中で最も殺人的な一人で、後にはメルセデス衝突事故の共犯に問われたロムアルド・ラットについて証言している。これはフランス当局のコメントがウソであることの傍証となるものだ。
「ラットは最初の救急隊員が到着する直前、メルセデス後部座席で半分意識を失いかけているダイアナ妃の上に覆いかぶさっていました」
ダイアナをこの病院に運ぶ決定を下したのは、現場にいたパリ警察署長マゾーニと、内務大臣シュベヌマン。マゾーニはトンネル内におり、シュベヌマンはすでにラ・ピティエ・サルペトリエール病院にいた。シュベヌマンは電話でトンエル内の救急隊員と連絡を取っていた。しかし事故現場からもっと近い病院が他にも5つあり、そのどれもが緊急患者に対応できる先進設備を整えていたのである。
「ダイアナ妃はバル・ド・グラス病院に運ばれるべきでした。この病院は、ピティエ病院よりも事故現場から遥かに近い軍人病院です。
自動車事故に巻き込まれたり、それで怪我を負ったりした政治家たちは皆、この病院へと運ばれます。事故現場にいた救急隊員たちは軍所属です。彼らは明らかにバル・ド・グラス病院のことを知っていたはずです。
この病院は夜間も交替制で、ひどい事故が起きた時のトップ・チームを配置しています。私なら、ヘリコプターを飛ばして彼女をそこへ運んだでしょう。この病院でなら、運ばれた後、数分で手術室に運ばれたはず。ダイアナ妃は、世界で最も権力・影響力を持った人物の一人です。それほどの人ならば通常、最高の優先と最高の治療を受けることになるものです。しかし、ダイアナ妃はそのようには扱われませんでした」
ダイアナ妃はバル・ド・グラス病院に運ばれなかっただけでなく、コシャン病院、デュ病院、ラリボワシエール病院、そして民間のアメリカ病院にも運ばれなかった。これらの病院は全てラ・ピティエ・サルペトリエール病院よりも近く、血管破裂を治療するスタッフ・設備を備えていたにもかかわらずである。
なぜ通行量も少ないパリの通りを約6キロ走行するのに43分もかかったか。信頼できる説明はまったくされていない。
なぜ救急車がラ・ピティエ・サルペトリエール病院からほんの数百ヤードのフランス国立歴史博物館の前で10分間も止まっていたのか。信頼できる説明はまったくされていない!
衝突事故が起きた場合の犠牲者について、その犠牲者が内出血を起こしている場合、取るべき方法は一つしかない。安静にし、手術のためにすぐに病院に運ぶことである。内出血が止まらないかぎり、その患者は出血により死亡してしまう。
これがまさにダイアナ妃に起こったことである。「スコッツマン」紙から引用しよう。
ダイアナ妃はトンネルの中、救急車の中で何度も心臓発作を起こしており、ラ・ピティエ・サルペトリエール病院に到着した数分後にも、心臓停止を何度も起こしている。彼女は手術室に運び込まれる途中で死んだというのが真相である。もっとも手術チームは彼女を救おうとあらゆる手段を講じたのだろうが。
すべてが遅れた原因について、納得できる説明は何もない。病院の手術チームは、ダイアナ妃が運ばれてくるまで実に長い間待たねばならなかった。彼らは、事故直後からトンネル内の医師と電話連絡を取り続けており、午前1時からは緊急体制に入っていた。しかしダイアナ妃が運ばれてきたのは、それより少なくともさらに1時間後であった」
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