アレフ・レポートNo.4
ダイアナ暗殺事件の謎を解く
Oh please stay by us, Diana!

第8部 ダイアナは事故現場で見殺しにされた


1 事故直後、ダイアナは生きていた

 アンリ・ポールとドディ・アルファイドは即死した。助手席にいたボディガードのトレバー・リース・ジョーンズは、事故数秒前にシートベルトを締めていたために生命を取りとめることができたのだろう。

 そして、ダイアナ妃もまたこの事故で生き残っていた。

はーとのダイアナ ダイアナはひどい傷を受けており、内出血を起こしていたが、事故現場に最初に駆けつけた医師は「適切な救急医療が行われるなら助かるだろう」と考えていた。

 この医師はフレデリック・マイレ医師。経験を積んだ救急医療のプロで、フランス政府救急医療サービス(SAMU)に勤務したこともあるベテランである。彼はその後、「SOS医療」と呼ばれる民間医療センターに移っている。彼は後にフランスの医学雑誌でこう述べている。
「私は彼女の生命を救うことができると思った」

 この日、マイレ医師はたまたまアルマ広場を通りかかり、事故数分後には現場に駆けつけていた。9月29日の「スコッツマン」紙の記事によれば、マイレ医師はダイアナ妃の状態が絶望的とは考えなかった。

 マイレ医師はメルセデスの後部座席にダイアナ妃が横たわっているのを発見した。フランス当局のリーク情報と違い、彼女は後部座席に押し込められた状態ではなかった。メルセデスの後部座席は、事故によってもそれほど損害を受けておらず、ダイアナ妃に接近することは容易だったのである。

 マイレ医師はダイアナ妃の頭を動かして、呼吸できるようにした。そして、事故の詳細を報告するために、自動車電話で救急電話を呼び出したところ、
「救急車はもう出発した」
との返事。その後、人工呼吸を行い、ダイアナ妃が窒息死したり、舌を呑み込んだりしないように取り計らった。

 SAMUが到着した時、マイレ医師は、ダイアナ妃がすぐに近くの病院に運ばれると確信してその場を去ったのである。このとき、マイレ医師は、内出血があるだろうと診断していた。


2 救急車は事故後15分で到着していた

 同紙の記事によれば、救急車で最初に到着した医師たちも同じ結論に達していた。一人の医師は匿名という条件で次のように語った。

「彼女は汗をかいていて血圧は下がっていました。内出血の兆候が表われていました」

 同紙がインタビューした救急隊員の一人は証言する。
「救急車は事故の約15−16分後に現場に到着していた」

 救急車到着時、ダイアナ妃はメルセデスの後部座席に寝そべる形で横たわり、彼女の身体の大部分は車外に出ていた。彼女はほとんどすぐに車外に運び出された。


3 1時間放置された危険な状況のダイアナ

 しかし、それから1時間経過してもダイアナ妃の身体はまだ事故現場に置かれたままであった。  1時間たって、ダイアナはようやく救急車に運び込まれ、時速40キロの低速度で、約6km離れたセーヌ河畔のラ・ピティエ・サルペトリエール病院に運ばれた。

 ダイアナをこの病院に運ぶ決定を下したのは、現場にいたパリ警察署長マゾーニと、内務大臣シュベヌマン。マゾーニはトンネル内におり、シュベヌマンはすでにラ・ピティエ・サルペトリエール病院にいた。シュベヌマンは電話でトンエル内の救急隊員と連絡を取っていた。しかし事故現場からもっと近い病院が他にも5つあり、そのどれもが緊急患者に対応できる先進設備を整えていたのである。


●もっと近くにいい病院があった

 フランスで高い名声を得ている医師(緊急医療専門)はこう語る。

「ダイアナ妃はバル・ド・グラス病院に運ばれるべきでした。この病院は、ピティエ病院よりも事故現場から遥かに近い軍人病院です。

 自動車事故に巻き込まれたり、それで怪我を負ったりした政治家たちは皆、この病院へと運ばれます。事故現場にいた救急隊員たちは軍所属です。彼らは明らかにバル・ド・グラス病院のことを知っていたはずです。

 この病院は夜間も交替制で、ひどい事故が起きた時のトップ・チームを配置しています。私なら、ヘリコプターを飛ばして彼女をそこへ運んだでしょう。この病院でなら、運ばれた後、数分で手術室に運ばれたはず。ダイアナ妃は、世界で最も権力・影響力を持った人物の一人です。それほどの人ならば通常、最高の優先と最高の治療を受けることになるものです。しかし、ダイアナ妃はそのようには扱われませんでした」

 ダイアナ妃はバル・ド・グラス病院に運ばれなかっただけでなく、コシャン病院、デュ病院、ラリボワシエール病院、そして民間のアメリカ病院にも運ばれなかった。これらの病院は全てラ・ピティエ・サルペトリエール病院よりも近く、血管破裂を治療するスタッフ・設備を備えていたにもかかわらずである。


●なぜ1時間もかかったのか

 ダイアナ妃を救急車に運び込むまで、なぜ1時間以上もかかったのか。現場にいたフランス救急隊員から、信頼できる説明はまったくされていない。

 なぜ通行量も少ないパリの通りを約6キロ走行するのに43分もかかったか。信頼できる説明はまったくされていない。

 なぜ救急車がラ・ピティエ・サルペトリエール病院からほんの数百ヤードのフランス国立歴史博物館の前で10分間も止まっていたのか。信頼できる説明はまったくされていない!

 衝突事故が起きた場合の犠牲者について、その犠牲者が内出血を起こしている場合、取るべき方法は一つしかない。安静にし、手術のためにすぐに病院に運ぶことである。内出血が止まらないかぎり、その患者は出血により死亡してしまう。

 これがまさにダイアナ妃に起こったことである。「スコッツマン」紙から引用しよう。


←前のページ △ダイアナ目次△ 次のページ→
←←前のレポート ▲アレフレポート表紙▲ 次のレポート→→

(C)AUM Shinrikyo Public Relations Department, 1997-98