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アレフ・レポート No.07 マハティールから愛をこめて From Mahathir, with Love |

だれの目にも明らかなところから話を始めましょう。わたしたちはグローバルな経済の中で生きています。しかし、グローバルな経済の特徴は、製品・サービスが自由に動くことだけでなく、何よりも考え方・資本が自由に動くことです。そして、これは直接投資だけでなく、金融業務にも当てはまります。直接投資と金融業務は第二次世界大戦後、重要性を増しました。しかし、特に近年、金融市場のグローバリゼーションが加速し、各国の為替レート、利率、株価の動きが緊密に結び付く状況が出てきました。この点で言えば、金融市場の性質は、わたしがそれに携わり始めて40年間、大きく変化したと言うことができます。ですから、グローバルな経済を語るとき、グローバルな資本主義システムについて語ることが妥当であるということになります。
グローバルな統合が莫大な恩恵をもたらしたことに関しては疑いはありません。
しかし、グローバルな資本主義によって、問題が消滅したわけではありません。わたしはこの演説のほとんど使って、この問題点に焦点を当てたいと考えています。なぜなら、グローバリゼーションの問題点はきちんと理解されていないからであり、もしわたしたちが現在のシステムを存続させたいのなら、それらの問題点を理解する必要があるからです。
金融市場はもともと不安定なものであり、国際金融市場となればさらに不安定なものです。よく知られているように、国際資本の流れは好況・不況のパターンをたどります。好況期には資本は中心から周辺へ移動し、信用が崩れれば、資本は再び中心に戻る傾向があります。わたしは40年間、国際金融市場に携わってきましたが、その間、多くの引き潮と満ち潮と好況と不況を見てきました。わたしは最終的には、国際資本市場はでたらめではなく、大きな復元力を持っているとの結論に至りました。しかし、わたしは現在の好況の後に不況が続かないとは信じられません。もし好況が永久に続くなら、わたしは歴史観を変えねばならないでしょう。
崩壊の危険性は、金融市場に関するわたしたちの理論が基本的に誤っている点に由来します。経済理論は均衡理論の上に成り立っていますが、わたしの観点では、この理論は極めて誤ったものです。わたしの観点では、金融市場には均衡と呼べるものなど存在しません。なぜなら、市場参入者は将来を査定しようとしますが、その将来自体が市場予測によって決定されるからです。これにより市場は不確実なものとなり、流れが一般予測に合致することがあっても、それは単に偶然にすぎなくなるのです。
もちろん、経済理論の中には、不均衡状況を認識し、研究している理論もあると聞いています。しかし、「市場をそれ自身の動きに任せておけばよい」というレッセ・フェールの考え方はいまだに支配的です。わたしはこれは危険な考え方だと思います。金融市場の不安定は、経済・社会における深刻な不安材料となるからです。ここで出てくる問いはこうです。
「金融システムの安定を確保するためには何をすべきか?」
マハティール博士は昨日、通貨取引を禁ずる提案を行いましたが、これはあまりに不適切な政策で、真面目な議論には値しません。現在のような状況で、国際間の資本の流れに干渉を加えるなら、それは破滅への道となるでしょう。マハティール博士はマレーシアにとっての脅威です。
しかし、現在のアジア市場の混乱は、通貨連動制、資産バブル、銀行への不十分な監督、金融情報の不足といった難しい問題を伴っています。これらの問題は無視できません。市場は放っておけば、自ら是正の動きを取ることはありません。なぜなら、市場には暴走や均一化を抑える仕組みが備わっていないからです。例えば、マレーシアとインドネシアを均一で同じものとして見ることは大きな誤りです。
第二次世界大戦終結以来、経済安定を維持するために、国家は大きな役割を果たしてきました。特に欧米先進国では、国家は機会均等を保証し、社会のセーフティネットを張り巡らしました。しかし、市民福祉を請け負う国家の能力は、資本主義システムのグローバリゼーションによって大きく低下しました。なぜなら、グローバリゼーションにより、資本は労働よりもはるかにたやすく税を免れるようになったからです。雇用に高い税がかけられ、雇用が守られている国には資本は流れません。その結果、その国では失業率が高まります。これがヨーロッパで起きていることです。もちろん、わたしはヨーロッパの時代遅れの社会保障システムを弁護する気はありません。ヨーロッパの社会保障システムは早急に改善の余地があります。しかし、わたしは欧米での福祉サービス削減には懸念を抱いています。
ますます不安定な状況になる中、福祉サービスが過度に削減されるなら、人々の不満は高まり、欧米で新しい保護主義の波が台頭するでしょう。特に、現在の好況に続いて、ある過酷な不況が出現した場合はなおさらです。こうなれば、グローバルな資本主義システムは、1930年代のように崩壊してしまうでしょう。
わたしは、開かれた社会の特徴である「情報の自由」に関して、ここで強調したいと思います。この情報の自由は現在、ますます大きな意味を持ちつつあります。
例えば、わたしはマハティール博士から、あらゆる批判、それも誤った卑劣な批判を受けてきました。彼は自らの失敗を隠すために、わたしをスケープゴートにしています。彼はマレーシア国民に対して演技をしていますが、もしマレーシア国内に独立したメディアが存在するなら、彼や彼の意見がまかり通ることはなかったはずです。情報の自由は、アジアだけでなく、世界にとっても必要不可欠なものです。